ホーム銀のある風景トップ → 1st    ←PREV  |  NEXT


オムニバス 第1話

Site Search [1[2]
WWW を検索[3] ksbeat.com を検索[4]

「国のオシャレ、人のオシャレ」

なぜか為政者は金銀を貯めたがる。エジプト王朝をはじめとして権勢を誇り富を集めた帝政ローマの実力者、植民地政策を執った欧州の王侯貴族、大陸を制圧した中国しかり、古代メキシコ文明からインカ帝国に至るまで、金銀財宝に囲まれることを願った。クレオパトラの栄華もそうだが、宝飾品をオシャレと思うのか、世にはびこる資産家はこぞって蓄財に執着する。結果として権力を失い生命を脅かされることになろうとも、憑かれたように財貨の集積に躍起になる。それは粗衣粗食を旨とし、贅沢を戒める僧侶とて同じ。競ってキンキラキンの袈裟を身にまとい、仏像を磨き上げる理由はどこにあるのだろう。信仰心を深め、宗派の団結心を煽るという推論だけでは納得できないものがある。人が金銀財宝を暮らしに取り入れたがるのは、それが抗えない悪魔の光りを放つからではないか。

持てない人は持てる人を羨望のまなざしで眺め、持つ人はもっと大量に宝蔵品を持つ人に憧れるというヒエラルキーが存在する。持てなかった人が機会を得て持てる領域に入り込むと、反動からか下品なほど無節操に財宝を集める。そこに贅沢の蓄積も文化的な素養もないことから、結果として成り上がりという形容詞が奉られる。それも持たざる者のひがみとして、反省のない為政者は多い。

贅沢を知らない、贅沢の本質を考えない、理解しようともしない陋巷の民はともかく、知性を持ち品性を誇る人間としては、キンキラキンの派手な飾りよりは渋い装飾を好む傾向にある。生活小物であっても什器でも装飾品でも、オシャレな人や贅沢に蓄積のある人の持ち物は何かが違うと思わせることは多い。品格と言えばいいのか、その場や状況にマッチした存在感を持ってそれらは粋に輝く。そんな知者だけが楽しめる粋なオシャレや贅沢の極致をあまり金をかけずに楽しんでみるのが、この時代に即した真の贅沢かも知れない。分不相応な身なりを気取り、高い宝飾品をまとうよりは、そういうハイクラスな世界の価値観やオシャレ、贅沢の本質を覗いてみるべき。けして皇族や王侯貴族の真似をする必要はないが、彼らから得られるオシャレのコツはある。その方法を身につけることで、より高級なオシャレや知り得なかった真の贅沢が楽しめるのではないだろうか。

具体例を示した方が明快だろう。オランダ王室の血を引くインテリアデザイナーの知人にオシャレのコツを聞いたところ「それって、愚問よ」と念を押した上で、それは『知性』だと教えてくれた。知性のない人間は自分の性格や体格や趣味にあったオシャレを考えつくことができない。家柄や美貌ではなく素地の自分を見つめ、他者にはない自分の魅力を発見する訓練が必要なので、外見より性格を優先することからファッションは考えるべきだそうだ。その追求に知性が要求されるという。

加えて必要とされるのが状況判断だ。PTAの茶話会や盆踊り、隣人と近くのカラオケに行くのにオートクチュールのドレスを着ることはない。夕ご飯のおかずを買うために大きなダイヤをしていくこともないが、似たような間違いを犯す人は多い。それを着て、身に着けてどこへ行くのか、どんな趣旨の会合に出席するのか、そこでは主役なのか脇役なのか、会場の温度や湿度は、時間や時期は、環境は。その会の参加者にどんな印象を与えるべきなのか、を認識すことが必要だ。そして決めたことに自負を持つことが重要、懐疑的な姿勢は他者につけいるスキを与えてしまう。身の丈に合った知性や品性を誇示する意識が欠かせないらしい。自信を持ってオシャレすることが真のオシャレへの近道、と彼女。それを身につけることが、オシャレの本質だそうだ。そこも知らない人がオシャレを問うこと自体が愚かなのだという。この知人は、上品なセンスで周囲から高い評価を得ている。

そのインテリアデザイナーが最近注目している貴金属が、銀だという。金以上の価値を持った時期もあり、いぶし銀に代表されるように渋さの代名詞でもある。人を惹きつける光りと落ち着いた輝きをもつ銀は、知性を持つ者の数だけその魅力がある。銀には知性の輝きがあるという。

彼女の口を借りて、銀を媒介として、しばらく高邁なオシャレの世界を探ってみることにしたい。



前のページへ[Y]  |  次のページへ→[Z]  |  Page Top[U]