「娘とのコーディネート」
娘を持っている女性には参考になるであろう、長大な計画がある。かのインテリアデザイナーは幼稚園の愛娘をこよなく愛しているが、どうしても幼児のいる家庭では子供が生活の中心になってしまう。仕事は好きだし、たいせつにしているが、子供の一大事には仕事を放棄してまで駆けつけなければならないことも十分に認識している。
ことに彼女のように仕事を持つ女性にとって、これは大きな意味を持つ。社会的な責任を持つ職業婦人に限らず、家庭という保護された狭い空間で過ごすことの多い家庭婦人にとっても重要なこと。要は人生の基盤をどこに置くかの哲学がなければならない、ということだ。仕事と家庭と育児のバランスをどこにおけばベストなのか。それが確実に整理できていないから、子供に振り回され、子供の自由を奪うような押しつけを強要し、意に沿わないからと折檻してしまう無知な親も多い。
子供にも大人のすばらしい世界を知ってもらいたいと考えるのは良いことだが、周囲に配慮しない無理な背伸びをさせることで、子供が大人の世界の雰囲気を壊してしまう危険も持っている。幼児を音楽会に連れてきて泣かせ、周囲の顰蹙を買っている例がそうだ。嫌がる子供にピアノを習わせている親も多い。音楽の成績が平均以下だった人の子に、幼児期から仕込もうが豊かな音楽センスがあろうはずはない。
インテリアデザイナーとして、彼女は娘の身長を月に二回は測っている。子供の成長はものすごく早く、わずか2週間でも違うという。成長も楽しみだが、身長の伸びに合わせ椅子の高さを調整するためでもある。椅子の高さが身長に合っていないと姿勢が悪くなり、それが体躯だけでなく内臓にもいい影響を与えず、結果として性格に響くのだそうだ。椅子の高さや形態が体形にマッチしていないと勉強の量や質が落ち、集中できないところから知能にまで波及する、とある人間工学の学者は警告する。だから、机よりは椅子に配慮と経費をかけるべきなのだそうだ。一脚30万円もする娘が座っている椅子はその結果だという。幼稚園児に理解できない躾を押しつけるより成長を考え、すなおな性格に育つように科学的に考える方がいいと考えるから、その実現のために娘には高価な椅子を与えている。
特徴的なのは、その椅子が壁に向かって置かれていないこと。壁を背に部屋内に向けて置かれ、窓から外の景色がよく見える位置にある。その方が想像力がかきたてられるそうで、科学的にも証明できるらしい。インテリアの常識から言えば、椅子を壁に向ければスペースはより有効に活かせる。インテリアデザイナーとしてそのことは熟知しているが、娘にはそうしてしない。暮らしとはその場のことで、人生を考えるならばもっと長いスパンの視点が必要になる、と言うのが彼女の哲学。娘のため、可能性を伸ばすために、部屋のスペース効率という視点では考えてはいけないのだ。
彼女のキッチンを覗くと、高価な皿が多い。しかも同じものがたくさんある。子供が使うからよく割られるのも納得済み。同じ物なら補充に困らないし、形が同じだから収納がすこぶる簡単。同じ皿なら購入も割安に。使ってこそ皿が生きるから、いい皿を惜し気もなく使って目を養っている。
これらの考えがオシャレにもインテリアにも活かされている。もちろん資産もあり、デザイナーとしての報酬も得ているから娘には人一倍の洋服は買い与えているが、けして分を超えたオシャレはさせていない。娘にはシルバーのアクセサリーをつけさせているが、銀なら園児がつけても高額という印象は持たれず、それも母親と同じデザインでは可愛らしいイメージだけを与えられる。このイメージ創りが彼女の戦略なのだ。娘が成長した時、同じシルバーアクセサリーでコーディネートするための……。
どんな資産家であっても、幼稚園児にダイヤのアクセサリーをさせる人はいない。幼稚園児がダイヤをして出かける場所などないからだ。親と同伴するパーティはあっても、それは親の付属であってパーティの主役ではないから、ダイヤの必要はない。貴族や資産家はそれを認識している。できていないのは成金、成り上がり者だけ。高価な装飾品を持ったことがないから、持てる財産のすべてを自慢したがる。オシャレとはほど遠い。