「貧乏な贅沢と、贅沢な貧乏」
輝きを誇張する宝飾品やゴールドに比べ、シルバー、それもいぶし銀こそが贅沢の本質を表現しうる究極のオシャレだという人は多い。ことに世界に冠たる大英帝国、贅沢に古くからの蓄積を持つイギリスの貴族や金持ちほど、渋い銀を好む。もちろん個々の好みがあり、知恵のない弱輩だったり子供じみた性癖があったりするから一概には断定できないが、キラキラ飾り立てるのはセンスに蓄積のない者、オシャレに未熟な者で十分。銀に限らないが、イギリスにはハンドメイドの工芸品が数多くある。それがすばらしいのは、そのほとんどが実用品としての高い価値を持っていることにある。使ってこそ生きる工芸品だから、使いこなすための数多くのノウハウが必要で、製作する職人にも使いこなすユーザーにも高い知性が感じられる。生活に根付いた美術品であって、そうでなければオシャレな暮らしにはほど遠い。
バブル期の日本では誰彼の見境いなく株を買い漁り、根拠もなく土地を転がし、何の蓄積もなくイベントやグルメ等に明け暮れた。景気が悪くなったり生活に余裕がなくなるととたんに手持ちの装飾品を売り放すのでは、心のオシャレもできずに真からの贅沢は理解できない。生活を脅かすほどの高額品を購入するのは生活という視点のオシャレとは言い難いし、贅沢品を購入して精神的に貧弱な思いをすることに矛盾がある。知性のない人ほど矛盾を矛盾と感じず、為政者に利用されるだけの人生を送るのだろうが、それはそれで仕方ない。いやいや、そうならないために贅沢やオシャレの本質は理解しておきたいし、粋な人生を送りたいとの願望は失いたくない。
贅沢でなくともオシャレはできるし、ファッションセンスは磨くことができる。むしろ贅沢のできない時期にセンスを磨くことが、贅沢の本質に近づきやすい。選択範囲が狭いからこそ、有り合わせのアクセサリーをどうコーディネートするかを考え抜かなければならない。手持ちのアクセサリーを自慢するがごとく光り物をジャラジャラさせているのは、生まれも育ちも血の巡りもあまり良くない、体以外に自慢するものがなくクラブで踊り狂うボティコンで十分。もっともそれで資産のある、けれどあまり知恵のない男が釣り上げられれば、それで人生は成功かも知れない。
イギリスにも留学経験のある先のインテリアデザイナーは、英国でもその友人網を活用してオシャレとして評判の高かった人々との親交を深めてきた。政財界の高官や高官婦人はもとより、王室関係者の知遇も得た。そして、これらハイクラスな経験を豊富に持つ知識人や文化人、資産家や高貴な方々から可愛がられ、彼らの持つ贅沢なノウハウを数多く蓄積させてきた。宝飾品やオシャレ、ファッションのセンスを上げるコツなどは女性として大いに参考になった。その経験は人生の大きな財産だと彼女は言う。それを元に人生そのものを設計しているのだ。
彼女には実に多くの顔がある。インテリアデザイナーという社会的な顔があるのは当然だが、主婦であり母親であり、地域の主婦のオピニオンリーダー的な役割もしている。とんでもないグルメ仲間でサークルを作り、気軽に食事に誘えるボーイフレンドの数も多い。もちろんこれは仕事の上での情報源の意味を持つ。なにより異業種交流の必要性は十分に知っているから、異なった発想を持つ人とのつきあいは欠かせない。大企業の会長からクイズ作家の高校生までのボーイフレンドがいて、その人達と家族的なつきあいもする。身内だけのコンサートも主催し、友人たちと無農薬野菜の購入も企画すれば、独自で男女雇用機会均等法の勉強会を開催したこともある。
「だって、この社会は男性が築き上げてきたものでしょ。その中で男女平等を叫んだって社会は変わらないわ。それは金の価値が銀より高いのと同じことよ。金の需要の方が社会的に高いのだもの。銀の価値を上げるためには、金にない銀だけの利用価値、使い道、銀のすばらしさをアピールすればいいことなの。均等と平等は違うのだから」
彼女は女性という権利を振りかざしたことも、利用したこともない。機会均等である以上、女性であることを特権にしてはならない、と考える。生理休暇を月に2回も取るOLがまともな仕事をさせない、重要な仕事を与えないと騒ぐのは、女性の地位を下げるだけ。セクハラと言い、権利を主張するよりは、男性の理解者を増やす方がいまの時代に必要な考え方だと、ウインクしながら教えてくれた。