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オムニバス 第7話

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「グルメ乞食の無銭飲食術」

六本木に、類を見ないグルメの知人がいる。本業は編集者だが、そこで得た取材能力をそのままシェフや板前と知人になるために使っているような男だ。フランスに新たに3つ星のレストランが出現したと聞くや、雑誌社にフランスにかかわる企画を提出してそれを利用して食べに行ってしまう、それができるだけの知恵がある。まずい店やシェフが客を見下す店、フランチャイズチェーンの飲食施設には足も向けない代わりに、美味しいと評判をとる店ならそれが屋台でも片田舎の店でも知っているし、通っている。味さえ良ければ格式の高い店でも皇室御用達の店でも、会員制の店でも潜り込む技術を持っている。

情報収集のプロフェッショナルだから、料理知識たるやプロをはるかに凌駕する。フランス料理のシェフにはその知識でかなわないが、割烹の板前のフランス料理の知識より広く、中華料理のコックよりも和食の知識は深い。寿司、天ぷらもしかり、酒の所蔵量もワインの経験値も専門外の調理人より造詣が深く、トータルするとかなりの知識量を誇るのだ。

取材能力があるということは、新しい店舗や未知の味覚に対しての情報も早い。シェフやコック、板前やバーテンの動向にも詳しく、どこそこの誰がどういう料理を開発した、どこに移り、どこの店舗が改装をしたという情報を誰よりも早くつかみ、自分の舌でその味覚を確かめに行く。そのために、店に通い、調理人と友人になってバーに誘い酒を奢る、というのが彼の得意技だ。それほど高い酒でなくていい。シェフでも板前でも、自腹ではそう高い酒は飲んでいないもの。そのシェフに酒を奢れば貸しになるし、酔った彼から店の経営状況も業界の裏情報も、なにより料理の秘訣が聞き出せる。厨房を見せろといわれて無下に断われない弱みが、調理人にも調理人の管理者でもある店の経営者にもできる。

そして自分だけの料理を作らせる。だが、この男のわがままは理屈に通っている。食べるのが好きなのは当然として、旬ではないものを食べたがることはないし、そこの調理器具や調理法ではできないものを頼むこともしない。「メニュー以外のものはちょっと…」というクレームが経営者から入ることもあるが、すでに飲みに行った時にシェフと根回しができている。そのシェフの得意料理に自分流の好みをアレンジしたものを頼むのだが、とはいえよほど料理の技術やその内容を熟知していないと、それは難しい。

加えて彼は料理は作るのも食べるのも好き、パーティも大好きだから、気に入った料理の作り方を聞き出して、グルメ仲間と自宅のプロまがいの厨房で作っては食べて楽しむ。その腕前はプロには至らないが、確実に料理好きの主婦の領域を超えている。茶道のたしなみもあり、テーブルマナーにも知悉する。その彼いわく「たぶん前世は餓死したんだろうね。その怨念だと思うよ、食い意地がこれほど張っているのは」 どう考えても前世だの占いなどを信じているとは思えないが、そう言って笑う。

他人に酒を奢るくらいだから、当然ながら彼は酒が大好き。日本中の銘酒といわれる日本酒の銘柄に詳しく、米国までバーボンウイスキーを買いに行くほどの通で、日本酒の仕込み水やバーボンを蒸留するための水にまでこだわる、というとんでもないマニアでもある。その彼は仕事も速いし段取りも良いから、飲み始めるのも早く、夕方にはもう酔っていることが多い。それから周囲の女性を誘ってわがまま極まりない食事を済ませ、深夜まで酒と戯れる、というのが彼の日常の飲食パターン。明け方まで飲むことも多く、仕事をしている時間がわからないという知人も多い。

酔うと、どこにでも食べに入る。美味しそうなら、という条件がつくが、財布に金が入っていなくとも食べることが最優先。しかもあまり財布を持ち歩かないし、カード類は敬遠している。顔を見知っている人が多い六本木だから許されるのかも知れないが、彼に無銭飲食をされた店は多い。それがその店の美味しい証明にもなっている、と彼の友人は笑う。彼の食べた店に行って平均点以下だったことはないそうだ。ただしこのご時世、宣伝になろうともただ食いは敬遠したいのが店の本音。もちろん彼としても無銭飲食で警察に突き出されるのはお断りのはず。そこで彼の実践している手段が、純銀の名刺一枚をポケットに入れておき、料金の代わりに置いて、翌日にその金を払いに行くというもの。



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