「欧州グルメ奇行」
かのグルメ大王がヨーロッパへ取材旅行に行くという話しを聞きつけて、その模様をインターネットで送ってもらうことにした。とんでもないヤツがいたもんだ、というのがメールを読んだ感想。
知人の紹介を得て、ある王室の午餐会に出席したそうな。晩餐会よりも午(昼)に行う午餐会の方が正式な食事会なのだ。そこで彼らしいのは、美味しい日本酒を大量に持ち込んで王室を始め周囲から大きな喝采を浴びたという。
日本酒は世界に自慢できる醸造酒である。その醸造技術たるや、繊細なことでは他に類を見ないほど。かなりの経験をつんだ杜氏が寒空の中、わずか一、二度にも満たない温度、湿度の変化に神経をすり減らし、分秒におわれて酒を精製する。その要素は酒米と仕込み水と酵母のみ、その組み合わせだけで星の数ほどの味の違いを醸し出す芸術品だ。
その日本酒が、欧州の王室では最近の話題なのだそうだ。もちろんグルメを極めている王侯貴族だから高価なワインも数多く経験して、ワインのように食中に飲むようなことは少ないが、日本の慣習を真似して晩酌を行う。イタリア料理のアンティパストを肴にして日本酒を飲むことが、一つの流行になっているという。
そこへ彼が日本でもあまり飲めないような極上の日本酒を持ち込んだものだから、大いに受けたというわけだ。そして食中に飲むという作法を示したから、周囲の話題をさらってしまった。辛口で香りのあまり強くない純米酒や、高貴な香りすら漂う大吟醸を肴にあわせて供したら、参加者の全員が彼のファンになってしまった。彼はパーティに列席できた新参者のゲストだったのが、いつの間にか主賓席に座らされるようになっていた。彼と知人になり、遠く日本から最上の日本酒を送ってほしいという願望を持って、彼がその国に滞在している間中に面会を乞う賓客が相次いだ。
ともあれ、彼はその午餐会に箸で臨んだのである。箸を請求したのだった。
「日本人とわかっていて招待するのだから、箸ぐらいそろっていて当然。それが招待する側のマナーさ」
もちろんテーブルマナーには自信のある彼だが、そう公言して憚らず、その通り箸は用意されていた。しかし、そのために王室の執事がかなり苦労をしたようだった。地元の日本料理店から取り寄せたであろう、見えにくいところに店名の入った塗り箸がダイニングテーブルに並べられたという。
欧州のマナーはアメリカとは多少異なるが、基本的にはフランスや英国で行われているものと大差はない。もちろん、その差異は地域性や風土、歴史の違いから生じるが、地域によって慣習が違い、方言があるのと同じことではある。その大本はイタリア・メディチ家の食事ルール、要はテーブルマナーは貴族の接待のルールに他ならない。
マナーの考え方は4つ。それは、美味しく食べる、美しく食べる、周囲に配慮する、危険なことはしない。というのも、テーブルマナーの発達は闘いの後の会食に起因する。屈服なり和解なりの結果として食事会を催す、その際の食事ルールがマナーの根幹である。だから美味や友好と同時に危険を回避し、敵意のないことを示す必要があり、そのための取り決めがテーブルマナーというわけだ。彼はそれを知悉しているから箸を要求したに過ぎない。
彼はその国の王侯貴族に数多くの美味を与えたが、彼も貴重な知識を得た。それが食事に使われるシルバー類だ。日本では食卓に銀器などの銀製品が乗ることは少ないが、ヨーロッパの食卓には頻繁に登場する。プラター(サービス用大皿)はもとよりクロシュ(プレートカバー)に始まり、レショー(保温器・加熱器)などのデクパージュやフランバージュに使われる品々からサーバー類、ワインバスケットにデキャンターの装飾に至るまで、銀製品は使われている。ジャン・バル・ジャンが盗んだのも銀の燭台だったし、純銀製のナイフ、フォークやスプーンはそれこそ中流家庭でも常備している。
そして、日本では知られていない貴族ならではのシルバー類の存在や使い道、磨き方や保存の仕方を習ってきた。もちろん彼のことだから、貴族だけでなくシェフからシルバーを管理している若いコミドゥラン(ウエイター)、食品を入れている出入りの業者にまで取材をしたのは、火を見るより明らかだ。
それぞれに銀製品ならではのメリットを数多く持っている。