「銀製品への新たな視点」
貴族たちとの交友から銀製品に高い関心を持ったかのグルメ大王は、早速に自宅のキッチンを銀で飾るべくイギリスへ渡って、シルバー類を買い求めることにしたという。銀製品を購入するつもりなら、世界に冠たる大英帝国として多くの金銀財宝を所有した過去を持ち、贅沢には蓄積があり、銀についての深い造詣と技術を持っているイギリス製品に限る、というのが貴族たちの共通した意見だったからだ。それも由緒ある英国王室御用達のスターリング・シルバーにとどめを刺す、という啓示を得た。
ロンドンはスローンストリートやキングスロードに数多く並ぶ銀製品のショップ。イッピーやビートルズもどきの奇天烈なファッションをした若者や観光客が数多く闊歩する街には不釣り合いの、落ち着いたインテリアを持つ高級ショップの数々、そこにはそれこそ星の数ほどの銀製品が展示されている。英国紳士然とした身なりの人物が、淑女が、良からぬ風体をした若者や民族の坩堝のような観光客の闊歩する合間を縫い、王室御用達の銀製品販売店で高額な買い物をする。このアンバランスが英国の魅力なのだそうだ。
その銀製品を見て歩いたグルメ大王が関心を持ったものは、食卓のシルバー類の他に2つあった。それはドッグタグといわれるものと耳掻きだった。ドッグタグとは軍隊の識別票のようなもので、自分の名前や住所、血液型から階級までを記して、銀製品でもあるところから若者やミリタリーマニアの男性を中心に人気が集まっているペンダント様の形状だ。最近ではICを埋め込んで徘徊老人の迷子札としての使い道が検討されていると聞く。銀名刺を所持している彼をして、同じような存在意義を持つドッグタグに関心を持つのはある意味では妥当なのかも知れない。英国での蓄積に深い関心を寄せていたようだった。
シルバー製の耳掻きは、彼によると生活必需品なのだという。頭脳の思考回路と中耳神経は近いところを走っているそうで(彼の意見だから真実かどうかは保証の限りではないが)、企画を考えたり原稿を書いていると耳が痒くなるのだそうだ。そこで考えをまとめ、集中力を高めるためにも、良い耳掻きは手放せないものらしい。
とはいえ、ここでいう耳掻きとは日本によくあるシャモジのミニ判のような形ではなく、釘の山のようなシルバー製の出っ張りが何段にもついて耳垢をキャッチする形状で、抗菌性に優れた優しい使い心地が特徴。耳垢を掻き出す方式ではなく接点でキャッチするため、ソフトなタッチで耳の中を傷つけにくく子供に安心して使わせられるもの、日本ではまず見かけない代物だ。けして手持ちの耳掻きに満足していない耳掻きフェチの彼としては、よほどお気に入りの製品だったらしい。かなりの本数を買い込んだと聞いた。
その他にも、日本人には考えもつかない、用途がまるでわからない銀製品も数多く発見できた。それを覗いて回るだけでも英国の文化や銀製品の蓄積を伺えるようで楽しかった、という。彼はその他にも銀製のボタンに注目した。銀ボタンなら洋服につけていれば目立たないし、何かの時に使い道は広い。それに自分だけのオリジナルなデザインを作らせることもできるから、名刺を持ち歩くことと同じ意味を持つ。
そういう愚者には理解し得ないオシャレが、彼の好むところだ。けして安い衣類を着ることはない彼だが、それでもいかにも高い服装、ブランドものの洋服を着ることのない彼としては、そういうオシャレを得意としていることだろう。
貴族に紹介されてロンドンのザ・ドーチェスター(ドーチェスター・ホテル)に宿泊した彼は、そこでも日本酒と日本の珍味を周囲の宿泊客に振るまい、人気を博してしまった。英国を代表する超高級ホテルで、そこに連泊する世界の貴賓客と交友関係を持てた日本人はそう多くない。しかも片言の英語しか話せないはずなのに、それをやってのけた。
グルメというのは、考えてみれば世界共通語なのだろう。世界のどこであろうが、貧乏だろうが野性的な生活を強いられる発展途上国の住民であろうが、とんでもない財閥や貴族であろうとも、食べ物に関心の高い人間の思考回路は似ているものらしい。食いしんぼの考えることはほぼ同じ、それは銀への蓄積にも同じことが言えそうだ。