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オムニバス 第11話

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「銀のペニー・リック・グラス」

大の酒好きの彼がイギリスに渡ってスコットランドに行かないはずはない、と考えていたら案の定スコッチウヰスキーを大量に買い込んだというメールが入った。その概要を記載してみることにしよう。

スコッチウヰスキーの生産拠点であるスコットランドでは、それこそ星の数ほどウヰスキーは作られ、売られている。が、せっかく遠い日本から足を延ばしているのであれば世界中の著名デパートでも買えるブレンドウヰスキーではなく、スコッチウヰスキーの本質が楽しめるシングルモルトに注目すべき。30種以上のモルトを混合させ、高品質な味が均一的に楽しめるブレンドウヰスキーに比べ、蒸留所ばかりか樽ごとに微妙に味が違い、個人的な嗜好で評価の分かれるモルトウヰスキーは、通向けの酒ではある。大手酒造メーカーではない醸造所は家内制手工業だから、それほど生産量は見込めない。それを流行している、知られているというだけですべての酒飲みが求めるのもおかしなものだ。酒好きでもなく、味のわからない人が飲む酒ではない。モルトウヰスキーの生産量は限られ、それも年々減少しつつある。

モルトスウヰスキーの産地区分はハイランド、スペイサイド、ローランド、キャンベルタウン、アイラの5つの地域に大きく分類できる。スコットランドの南がローランド地方、北がハイランド地方だ。ハイランドのほぼ中央から北に流れるスペイ川の河口流域がスペイサイドで、スコットランド南西にあるキンタイア半島に延びるキャンベルタウン、その沖合のアイラ島だ。それぞれが特徴のあるモルトスウヰスキーを作る。ローランドのモルトウヰスキーは地質のせいもあって割りとやわらかい印象だが、ハイランドはそれに比べて硬質の感じがする。スペイサイドは日本酒で言うところの新潟、酒処でスコッチ蒸留所の半数以上がこの地域にある。キャンベルタウンは香りが高く、スモーキーフレーバーの強い香りがあってもっともモルトらしいのが、アイラ。

と、ここらがモルトウヰスキーの基礎講座なのだが、彼が購入した酒の出身地を調べたらアイラのモルトがもっとも多かった。それも日本では絶対に買えない特殊なウヰスキーやビンテージものばかり。その銘柄を記そうと考えたが、好きな人にしか用がないから中止した。彼のお薦めモルトウヰスキーをお知りになりたい方は、その旨をメールへ。

モルトウヰスキーにグレンなんとかという名前が多いのは、グレンが渓谷という意味だから。渓谷の多いスコットランドだが、山の中でなければモルトウヰスキー作りに適した清冽な水が得られないという理由による。原料と水、技術者が重要なポイント、という意味ではウヰスキーも日本酒と同じ。そこでグルメな彼がわざわざ買い込んだのが、水。それもウヰスキーの仕込み水だ。たとえばシングルトンの仕込みに使われて銘水と名高いドリーの井戸水、酒処のスペイ川上流域のわき水、ローランド地方はブラドノック川のほとりの仕込み水、ネス湖近くの泉から流れる疎水 ……。数多くの水をウヰスキー同様に大量に買い込んだ。

ウヰスキーの蒸留や樽詰、貯蔵の過程でわずかに分量が減ることをエンジェルシェア、天使の分け前という。これはチーズもワインも、ハムでも同じこと。それを知っている試飲者はすべて、腹が出ていようが頭が禿げていようが、目尻に大きな烏の足跡があろうが「わたしは天使」と言いながら、照れた表情で飲み干す。各地の蒸留所のビジターセンターやレセプションセンターを見て回った彼も、数多くの天使の分け前をもらってきた。

そしてダフタウンの鄙びたパブで純銀製のペニー・リック・グラスを見つけた彼は、頼み込んで高い金を払ってそれを譲ってもらう。ペニー・リック・グラスとは、ひとなめグラス。18世紀の英国、パブではより儲けを大きくしたいと値上げの代わりに酒の量を減らすことを思いつき、上げ底グラスを作った。それがエスカレートして、文字通りに全体がガラスや銀製で上部のお皿部分に酒をたらすグラスが、ひとなめで1ペニーのペニー・リック・グラスというわけ。

今回はお酒を飲まない人にはつまらない話しになってしまったので、おもしろい話題を一つ。エジンバラ城のすぐ真下に、古都エジンバラに伝わる魔女伝説にちなむ名レストランがある。魔物や妖精に囲まれ、覗かれながら食べるスコットランド料理「ハギス」もまた格別。店の名はザ・ウイッチェリー・バイ・ザ・キャッスル、お近くにお立ち寄りの節は──。



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