「東欧貴族のシルバーバザー」
六本木のグルメ大王が東欧の貴族から銀製品バサーの招待を受けた、というメールが入った。イギリスの歴史ある財界人が連絡してくれたそうで、彼も国際人になってしまったものだという感想は別として、そのメールを紹介する。
その貴族は銀製品の収集では世界に知られた人で、日本人には想像もつかない由緒ある銀製品を数多く持つと言われている人だそうだ。もはや自由経済の洗礼を受けて社会主義ではなくなってしまった東欧の国々だが、元を質せば豊かな帝政国家だったのである。文化や贅沢には蓄積を持つ。日本人でこのバザーに参加した人は過去にいないという、そこに招待された。
ウイーンから西へ100kmほど行った小都市に、その貴族の城はある。町のはずれの丘の上に建てられたお城の時計台は、街のシンボルにもなっている。城の前は大きな公園になっていて、市民に憩いの場を提供している。人生を味わい尽くした老夫婦や乳母車を押す若い女性が公園の緑を満喫している。毎日正午に鳴らされる鐘の音は、街の歴史を刻んでいるかのようだ。
そこの正面玄関にハイヤーで行き着くと、ベルボーイの若者が出迎えてくれ、その後ろに控えていた訳知りの白髪の執事に名前を伝えると、鷹揚に頷き、その後に相好を崩して愛想よく奥に通してくれた。
会場は200畳はあろうかという大広間で、高さは優に3階分はある吹き抜けとなって、ゆったりとした中に高級そうな調度品が部屋を飾っていた。そこにはすでに50人ほどの客がいて、ワインを飲みながら歓談したり、展示の銀製品の品定めをしていた。所どころに置かれた大テーブルには銀製品がさりげなく置かれ、その前には値札をかける木製のスティックが立てられていた。そばにペンと荷札のようなタッグが束になって積み上げられている。
欲しいものがあればその札に値段と名前を書いて、もっとも高い値段をつけた人の手に落ちる、というオークションスタイルだ。値段は値札でわかるから、札があればそれよりわずかでも高い値段をつけておけばいいことになる。もっとも競れば値がつり上がるから、他の人が手を出したくなくなるような値をつけるのもコツなのだが、あまり高くてはつまらない買い物になってしまう。静かな中にもそれなりの思惑がとびかい、なかなか趣向を凝らした楽しいオークションではある。
札のたくさん掛けられた銀製品もあれば、一枚もないものもある。人々は歓談したり旧交を温めたりしながら製品を見定め、札を掛けていく。もちろん食事もできるし紅茶やワインなども飲み放題で、飲んで食べて何も買わずに帰っていく人もいなくはない。
先の執事が銀製のベルを鳴らした。「5分前です」と告げている。中にはせわしなく銀製品をもう一度見て回る人もいれば、自分の札を確認に行く人もいる。ゆったりとワイングラスを傾けて、それを眺めている人もいる。
ベルが鳴る。ベルボーイが札の掛けられている銀製品をステージに運ぶと、執事がそれを取り上げて購入者の名前を告げる。城主と笑顔で握手を交してその人の手に落ちた、というわけだ。それが続けられる。製品はケースに入れられ、請求書が同封されてその人の家に送られることになる。もちろん現金で払うことも可能だが、客のほとんどが貴族では現金なんて持ったことのない人の方が多いに違いない。そして空いたテーブルには倉庫から運ばれた新たな銀製品が並べられることになる。90分ごとにこれが続けられる。
かの大王は、シンプルで知性を感じさせるクロシュを見つけた。彼自身がクロシュ好きでもあるし、料理をサービスした時の同伴者の驚きの笑顔を楽しむ彼としては、ぜひとも欲しい品だった。日本ではあまり使われないが、厚みもあってかなり高額だろう品。札がないからいくらの値段をつけていいかわからない。とりあえずと日本円にして3万円の値を書いた。すると近くにいた初老の小太りの男性がニヤリと笑い、5万円からの値段をつけた。彼が7万円の札を掛けると「この品は渡さない」とばかりに鷹揚にうなづいて10万円の札を掛け直す。彼があきらめのしぐさをすると、初老の貴族は少年のような笑顔を見せて、テーブルを離れていった。もちろん、クロシュはその貴族の手に落ちた。
次に彼は葡萄の房をあしらった豪華なワインバスケットと、それとデザインを統一させたデキャンターに目をつけた。札が掛けられていたが、日本ではまるで買えそうもない安い価格だった。しかし、先の失敗は繰り返したくない。ベルが鳴るのを待って、彼のベルボーイがそれを取りに来る寸前に、掛けられた札よりほんの少しだけ上乗せした価格をつけて、彼は手に入れた。そして歓談の輪に入り、楽しい時間をたっぷりと過ごしたのだった。