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オムニバス 第18話

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「知恵ある銀製品の調べ 2」

この展覧会は予約制になっていて、品のいい案内状には簡単なパズルが2,3書き込まれている。その問題に答えないと、招待状がもらえない仕組みだ。この処置をすることで、少なくとも頭脳を使うのが苦手という人種の来場を規制することができる。

会場は廃屋になったレストランを借りているが、この入口がまたパズルになっていて、この手の知的遊戯を好まない人にとって入りずらい構造にしてある。入場料は高いが、「こういう仕掛けが前からしたかった」とプランナーは楽しそう。

会場をレストランにしたのは厨房が使えるから。画廊などではお茶くらいしか出せないし、ホテルの厨房は借りにくい。レストランなら、それも使っていないレストランの厨房なら思いっきり使い回せるし、冷蔵庫をワインだらけにもできる。美味しい展覧会にすることができる。これは銀職人の信条でもある「使ってこそ活きる銀製品」をして、実際に使用している場を提案することになる。

プランナーとか知恵のある職人という人種は概してグルメが多い。というよりクリエイターと呼ばれる人々はつねに新しい何かを求めている、頭脳を働かせ続けていないと勤まらない職業なのだ。既成概念にとどまっていては、新しい作品を産み出すことはできない。そのクリエイティブな感性が美食に向かうことになんら不思議はない。

そこで職人の今回の作品群のコンセプトは「知恵ある銀製品」。食事ともども提供して、展覧会を兼ねた立食パーティにしてしまうのが狙いなのだ。料理を食べながら、使われている銀製品の使い心地も直に味わうことができる。加えて知恵ある銀製品としては、デザインにも高い知性を表現させることを考えた。制作された銀製品、品のいいプレートやソーサー、カップ等すべての品には、高等数学や理論物理学、統計学の難問といわれる数式が彫り込まれているのである。数多くの取っ手のついた、底に同じ模様が描かれている大きな銀皿には一筆描きのオイラーの法則が描かれ、食事後にはその絵柄を一筆で辿っていけるかどうかのパズルで遊ぶことができる。

Xn + Yn = Zn というフェルマーの最終定理あり、銀をあしらった壊れやすそうなワイングラスにはポアソン分布図の確率密度関数、P(X = x) = mx/x!・exp(m)という公式が描かれている、といった具合。この高そうなグラスがまれに壊れる確率は使う回数、洗う回数に比例する、というわけだ。もちろんそれを意識して使えば雑に扱うことは少ないはず。

こういった知的な遊びができる生活に密着した銀製品が惜しみなく発表され、同時に美味しい料理が供される、という趣向のパーティなのだ。当然、銀器の裏側には発注番号とけしてお安くはないプライスカードが貼ってある。

そして、今回のお客様の大多数が大学の研究室にいる知的レベルのたいへん高い人々。中には婚約者の研究領域では世界のトップ、やがてはノーベル賞もと噂されるような学者も夫妻で参加している。もちろん俸給もそれなりのものを国や大学の研究機関、企業からいただいているはず、天から授かった類いまれな能力を学問だけでなく人生をエンジョイするために使っている人が一堂に会している。婚約者が研究を進めていくうえで懇意にしておいて損のない人々が数多く出席しているのだ。

その中で、彼女はかいがいしく会場内を動き回り、仕事をこなしていく。会場の接待係であり渉外の担当でもある。おまけに新聞社や雑誌社、テレビ局等のマスコミの対応もすべて彼女が担当する。着ているのは品の良さそうなくすんだ薄紫の平絽、帯は中縹(なかはなだ)といわれる日本の古代色、薄青に墨が薄くかかった渋い色合いの京帯を袷せている。もちろん帯留めと裾抑えは忘れていない。高級感と上品さと着付けのうまさ、立ち居振る舞いの優雅さでひときわ美しさが栄える。

当然ながら銀職人は奥の厨房から出ず、すべての折衝は彼女が行う。とはいえ、こんな展覧会を行わなくてはならないはめを作った発端でもあり、銀職人に大いなる制作の負担を強いてしまったのも彼女なのである。ぜひにも成功させなくては。彼女と、それをサポートする恋人の額に汗しての働きぶり、対応の早さと細やかな配慮は、会場内外のすべての人に好意的に受け入れられた。

カンの良い人はピンときたろうが、彼女には知らせていなかったが、この展覧会は彼女の婚約披露も兼ねていた。婚約者の研究領域にとって大きな発言力や影響力を持つ人々に向けての、将来の奥さまをお披露目するパーティでもあるのだった。プランナーから依頼を受け、その企みを聞かされた銀職人に反対のあろうはずはない。二つ返事で引き受けた。展覧会の構成や難しい数式、理論の解析はプランナーに任せるとしても、友人である彼女のために精一杯の腕を振るったのだった。



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